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概略

私たちのような多細胞生命体は、動物も植物も、その体は細胞がたくさん集まって出来ています。
そのような生物の生命現象の仕組みを理解したい場合、その基本構成単位である細胞の営みを明らかにしていくことが大切です。

​どのような視点から細胞の営みを解読していくのでしょうか?

​私は、遺伝子やタンパク質の機能細胞の運動、そしてといった要素に着目しながら、研究を行ってきました。

 

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「生物学」という言葉を聞いた時、多くの人は遺伝子やタンパク質といった分子的な要素をイメージすることでしょう。遺伝子情報がRNAやタンパク質へと変換され、それぞれの機能を発揮するとともに、あるものはまた次の遺伝子の機能を制御していく・・・。生命現象は様々な分子による連続的な反応です。こうした分子レベルで生物を記述する「分子生物学」という分野の台頭により、20世紀は遺伝や生命機能の理解が大きく進みました。生物学には様々な分野がありますが、いずれの分野においても最終的には分子の機能と交えて記述することを目指すほど、分子機能から生命現象を考えることは現代生物学の基本となっています。

こうした分子生物学・細胞生物学が、私のベースとなっています。

これに加えて、私はさらに「メカノバイオロジー」という分野を専門としていました。メカノバイオロジーとは、生命現象における「機械的な力(ちから)の役目」そして「分子と力の相互作用」に注目している新しい生物学領域です。 

2021年にはアーデム・パタプティアン博士がノーベル医学生理学賞を受賞されましたが、これは彼の機械刺激受容タンパク質チャネルPIEZOの発見、そしてPIEZOをきっかけに体の色々な臓器での機械刺激受容の役割を明らかにしたという功績によるものです。こうしたことからも、近年、メカノバイオロジーという分野の盛り上がりがわかります。

 

この世に存在して運動している以上、生物の体(それを構築する細胞や組織)は常に何かしらの力を生み出し、また力を受けています。その上で、彼らはその生命機能を維持しています。ここで言う”力”とは、細胞自身から能動的に生み出されるものであったり、周囲の細胞/組織からの受動的なものであったり、様々です。生物学において、この”力”は無視できない要因です。なぜなら、細胞は力を感じる機構を持っていること、そしてその力に対して多彩な反応をすることが分かってきたからです。さらに重要なことに、細胞は「力の変化」を「分子要因の変化」へと変換するメカニズムを有していることも明らかとなってきました。前述した分子機能の制御に寄与する一つの要因として、力が挙がってきたのです。そうなると、これまでの様に分子要因の変化・機能だけに目を向けているわけにはいきません。周囲からの外力や細胞・組織自身が生み出す力の役割も考える必要が出てきました。


このような知見は主に培養細胞等を用いた実験により多数報告されていますが、同様の応答性は、組織や個体レベルの生命現象でも機能していると考えられます。多細胞生物の複雑な構造や現象を対象とした力の研究は未だ黎明期にあり、今後研究が進むに連れて、これまで分子だけに注目しているだけでは見えてこなかった仕組みが見えてくると期待できます。


生命現象において、力はいつ・どこで・どれ生まれ、その力に対して細胞はどう振る舞うのか? そして、そうした力は既知の分子機構とどのように協調しているのか? 分子生物学とメカノバイオロジーと双方の視点を持ちながら、ときには分子的、ときには機械的、両要因の解析をもって疑問に答えていくことで生命現象のその堅牢で秩序だった仕組みをより正しく理解していけるのではないかと考えています。

これまでの研究テーマ

発生生物学における研究

胚発生。受精卵という1つの細胞が限定的な空間の中で増殖・性質変化・移動/変形を繰り返して立派な成体を作り上げる現象です。誰の手も借りず、彼らはどの様にしてその一大イベントを成し遂げているのか。生命力と神秘に溢れたこの現象は、私を魅了して止みません。

私は動物の初期発生を支える共通の仕組みの解明を大目標としていました

胚発生には、

  1. 細胞の数を増やす(分裂/増殖)

  2. 細胞の性質を変える(分化)

  3. 増殖・分化した細胞を利用して形を作る(形態形成)
     

・・・といった3つの大きなステップがありますが、そのうち私は形態形成が専門でした

形態形成は細胞や組織がダイナミックに動き変形する過程です。このしくみを理解するためには、それを構成する細胞の変形や移動の時空間的な分布、そしてそれを制御する分子機構を理解する必要があります。また、細胞や組織の変形がこれだけ劇的に起こるのならば、ある特定の時間と場所に力が生み出され、その力が次の発生現象の時空間的正確さを担う因子として働いていても何らおかしくありません。物理的な力の分布やバランスは、細胞や組織がどう変形するかという点にも密接に関わるため、私は分子と機械的要因の双方の存在や変化に気を配りながら研究を進めてきました

 

ポスドク時代には、ショウジョウバエの卵・胚・蛹等をモデルとして用いて、上皮形態形成の制御機構を研究していました。

 

特に、
 

  1. 様々な細胞運動を生み出すメカニズム

  2. 細胞運動によって生まれる力の規模やその分布

  3. 力学的要因を起点とした生命現象の作用機序
     

・・・・といった点に関して、生物物理的・分子生物学的な2つの手法を駆使して解明することを目指しています。

日本発生生物学会と国立科学博物館が共催する特別企画展用に

近年の研究の一般向け解説記事を執筆しました。

こちからからどうぞ

http://www.jsdb.jp/booklet/24.html

農業における研究

2017年8月より2020年3月まで、静岡県沼津市のAOI-PARCと呼ばれる先端農業研究拠点にて活動していました。

AOI-PARCが誇る「次世代栽培設備参考を活用しながら、同居の研究団体・企業と協力しつつ、世界に発信でき、かつ地元農業の振興に貢献できる農業研究を推進してまいりました。

具体的には、農業研究に対して私の専門である以下の点を積極的に取り入れ、植物の発育や機能性に関する基礎的研究を行うとともに、それを応用して農作物の高機能化品種改良栽培の高効率化等を見据えた取り組みを進めました。

  • 遺伝子・分子・細胞レベルの機能解析

  • 顕微鏡観察や顕微操作

  • メカノバイオロジー的視点

取り組みの一つは、静岡県内の農業事業者様と共同で、事業化を達成しました。

「JAみっかび様 三ヶ日みかんダブル機能性表示受理」

https://mikkabi.ja-shizuoka.or.jp/news/single.html?id=176

https://mikkabi.ja-shizuoka.or.jp/news/single.html?id=202

https://mikkabi.ja-shizuoka.or.jp/news/single.html?id=196

研究紹介(解説や雑感)

上皮細胞境界変形のメカニクス

【筆頭著者として】​

【2014-2016 メカノバイオロジー研究所 / Research Fellow (ポスドク)】

 

【背景】

組織を構成する基本単位である細胞は、隣り合う細胞とともにその境界(細胞膜)の形状を収縮または伸長させ、形態形成に貢献している。この細胞境界の変形のメカニズムや力学状態を詳細に記述することは、組織の形づくりのメカニズム理解へとダイレクトに繋がるため非常に重要である。これまで「細胞境界収縮」に関する研究は盛んに行われてきたが、その一方で、実際の形態形成には細胞境界の収縮と伸長の両方が存在するにも関わらず、「細胞境界伸長」の研究は殆どなされて来なかった。本研究では、これまで見過ごされてきた「細胞境界伸長のメカニズム及びメカニクス」を重点的に解析し、細胞境界伸長の普遍的なメカニズムを明らかにするとともに、収縮と伸長の両者を含む細胞境界変形の統合的な力学状態の記述を目指した。

【結果】

  • 細胞境界伸長は隣接細胞のnon-muscle Myosin IIの集積によってnon-autonomousに引き起こされることを示した。

  • レーザーアブレーション法により、細胞境界のそれぞれの運動状態ごとの張力比較を行った。
    (境界張力:収縮時>安定時>伸長時)

  • 組織上の張力を非破壊的に推定する手法を開発した。

  • 細胞間接着関連分子の1つVinculinが細胞境界の張力状態に応じてダイナミックに局在を変えることを発見した。

【この研究の重要性・インパクト】

  • 「細胞境界伸長」のメカニズムを明らかにし、ミオシンIIによる双方向の上皮細胞境界変形の普遍的なメカニズムを提唱した。

    • ​​細胞境界伸長は「隣細胞による非自律的な引張り」と「自律的な境界張力の緩み」の組み合わせ!

  • 細胞境界の動態と張力状態の間にある密接な相関を明らかにしたことで、上皮の力学状態を、境界収縮以外の動きも含め統合的に議論できる基礎ができた。

  • レーザーアブレーションの実験データを利用する新たな張力推定法を開発したことで、組織上の張力分布・変遷を非破壊的に時間経過を追って解析できるようになった。

  • 生体内におけるVinculinの張力依存的でダイナミックな動態を、世界に先駆けて報告した。

  • Vinculin分子の挙動は生体内で張力マーカーとして使える可能性を示した。

組織の移動が生み出す力が脊索形成を支える

【筆頭著者として】​

【2010-2013 総研大・基生研 /博士課程学生・日本学術振興会特別研究員DC1・特定技術職員】

 

【背景】

形態形成において隣接する細胞・組織は互いに物理的(力学的)影響を及ぼしあっている。本研究ではツメガエルの原腸胚をモデルに用い、力を生み出す部分と力の影響を受ける部分それぞれの存在を解明する研究を行った。すなわち、ツメガエルの原腸陥入において能動的に移動する組織(先行中胚葉)と、移動能を持たない後続組織(脊索中胚葉)の関係に着目し、その組織同士がやり取りする力学的要因が形態形成運動において重要な役目を果たしているかどうかを調査した。

【結果】

  • ガラス針を用いながら、先行中胚葉が移動によって実際に力を生み出していることをその絶対値とともに示した。

  • 後続の脊索中胚葉は先行中胚葉の移動によって前後に伸展されていることを明らかにした。

  • その伸展力が形態形成(脊索形成)を正にサポートしていることを見出した。

  • 既知のシグナル経路(Wnt/PCP)を交えた解析の結果、力による脊索形成メカニズムはその経路と独立して存在することが示唆された。

【この研究の重要性・インパクト】

  • これまで困難とされてきた発生胚中に起こる組織移動によって発生する力の絶対値計測にバイオメカニクス的手法を駆使し世界に先駆けて成功した。

  • 移動組織によって発生した「内因性の力」が隣接細胞に力学刺激として与えられ、既知の分子シグナル経路と協調して後の形態形成運動に関与するという、組織をまたいだ新しい機械的力の役割を明らかにした。

博士取得後は同じ研究室に身をおき、上記研究にも含まれていた「組織移動が生み出す力の規模」に関する研究を発展させた。すなわち、局所的に細胞が生み出す力がどのように細胞集団(組織)としての力へと変換されるかを追究した。

神経管閉鎖課程における微小管結合タンパク質の機能解析

【共著者として】​

【2008-2010 総合研究大学院大学 ・基礎生物学研究所(総研大・基生研)/博士課程後期学生】​

【背景】

胚発生において、管形成は代表的で不可欠な上皮形態形成の1つである。中でも、神経管閉鎖は中枢神経系を形作るための重要なプロセスである。ここでは、アフリカツメガエルの神経管閉鎖をモデル系とし、脊椎動物の神経管閉鎖過程のメカニズムを調べる研究に携わった。神経上皮に発現する微小管結合タンパク質 MID1/2とその相互作用因子Mig12に着目し、その機能解析を行った。

【結果】

  • MID1/2とMig12は細胞内の微小管構造を安定化し、微小管が細胞の頂底端方向へ束化・伸長することをサポートする。

  • 上記微小管構造の安定化は、神経管閉鎖に必要な細胞の形態変化(頂端収縮・頂底端方向への細胞伸長)や上皮構造の整合性を保つの必要であることを明らかにした。

 

【この研究の重要性・インパクト】

  • ​胚発生におけるMID1/2およびMig12の機能を明らかにした。

  • 微小管による上皮の形態形成制御機構の理解に大きく貢献した。

  • MID1は体の正中線構造に異常をきたす遺伝病 Opitz/GBBB 症候群の原因遺伝子でも有り、本研究は該当遺伝病の原因解明・治療にも将来的には貢献しうる内容である。

細胞内のカルシウム濃度変化と脊索形成

【共著者として】​

【2008-2010 総合研究大学院大学 ・基礎生物学研究所(総研大・基生研)/博士課程前期学生】

 

【背景】

脊索とは中胚葉性の組織であり、初期原腸胚期に形成されることで、胚の頭尾軸形成と体の伸長を担う極めて重要な棒状組織である。正常な脊索では、脊索中胚葉細胞が左右方向に細長く形態を変化した後、組織中心に向かって集合することで前後方向に組織を新調させる。この現象は収斂伸長(convergent extension)と呼ばれ、胚の形づくりを支える基本的な形態形成運動である。収斂伸長を起こすためには、その運動に先立って、細胞が極性(分子や形状の偏り)を形成する必要がある。本研究ではツメガエルの脊索形態形成において、細胞に極性を与える源を調べる研究に携わった。

 

【結果】

  • 正常な脊索では細胞の極性化に先んじて、隣接組織と脊索中胚葉細胞との境界で細胞内カルシウムイオン濃度の一過的な上昇(Ca2+フラッシュ)が起こることを発見した。

  • Ca2+フラッシュを阻害剤によって減少させると脊索の形成が異常になった。

  • 人為的に細胞に力を加えるとCa2+フラッシュを誘発できた。

  • プリン受容体(ATP等に反応)であるP2Y11がCa2+フラッシュの生成と脊索形成に必要であることを発見した。

 

【この研究の重要性・インパクト】

  • 細胞内Ca2+の濃度変化は、様々な生命現象に寄与していることがこれまでにも多く知られている。本研究では、異種組織間で生じる接触応力がCa2+の濃度結果のキッカケとして働き得ることを示した。

  • Ca2+フラッシュが異種組織間で生じ、それが細胞極性を生み出して脊索形成を制御しているのではないかという新たな脊索形成モデルを提唱した。

脊索形成のマスター制御因子の調査

【卒業論文として】​

【2006-2008 静岡大学 教育学部 /学部生】

発生・分子生物学を専門とする研究室に所属し、アフリカツメガエルを用いた発生生物学研究に必要な知識・技術の基礎を学んだ。

 

卒業研究として、脊索(初期胚の頭尾軸形成と体の伸長を担う重要な棒状組織)の形成を制御するマスター遺伝子のスクリーニングを担当し、実験系の構築およびマイクロアレイによるデータ取得を行った。

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上皮細胞境界変形のメカニクス
組織移動と力
神経管閉鎖
カルシウム
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